世界遺産で見る文化遺産・自然遺産の保全状況と保護策 SDGs~目標11.住み続けられるまちづくりを~
人類の歴史や、地球の雄大さを知るヒントとなるのが世界遺産です。2019年時点で1,000件以上の世界遺産があり、人種や性別、信仰や価値観を問わず、誰しもが素晴らしいと感じる価値を持ったものが、世界遺産に登録されます。
一方で、紛争や密猟、都市開発、自然災害により破壊の恐れがある世界遺産の数は増え続けており、SDGsではそれらの世界遺産の保全強化を目標に掲げています。
この記事では、世界遺産保護のためのSDGsと世界遺産の概要、危機遺産を守る活動についてご紹介します。
目次 [非表示]
1.SDGs目標11「住み続けられるまちづくりを」とは
人間、ひいては地球が持続的に繁栄するために作られた行動計画がSDGsです。
SDGsは2015年の国連サミットで採択され、2030年までの15年間で地球上の課題を解決すべく17の目標と169のターゲットを掲げています。
そのうち、11番目の目標「住み続けられるまちづくりを」では、強靭な都市と人間居住地の再生を目指しおり、ターゲットが10個設定されていますが、そのひとつに文化遺産、自然遺産について述べた項目があります。
11-4:世界の文化遺産及び自然遺産の保護・保全の努力を強化する。
こちらでは、世界遺産に登録されているものを中心に、文化、自然、混合遺産の保全費を達成指標としているため、本記事では世界遺産に焦点を当てて解説していきます。
2.未来へつなげたい世界遺産
世界遺産とは、世界遺産委員会が世界遺産条約に基づいて定める歴史上貴重な遺産のことです。2019年までに世界遺産は1121件あり、日本には23件あります。
まずは世界遺産の起源とその役割について見ていきましょう。
世界遺産の起源
世界遺産誕生のきっかけは、エジプトのナイル川流域にあるヌビア遺跡だとされています。
1960年代、ナイル川にダムを建設する計画が持ち上がり、ヌビア遺跡水没の可能性が指摘されました。そこで、国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)主導のもとヌビア遺跡救済キャンペーンが展開され、数多くの国々の支援によりヌビア遺跡は高台に移築され、救済されたのです。
この出来事をきっかけに、世界中で遺産に対する人為・自然災害の脅威が認識され、遺産を保護する動きが活発化しました。
世界遺産保護条約の役割
ヌビア遺跡群の水没危機により、世界中で遺産保護の枠組みが求められたことを受け、1972年にユネスコ総会にて「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約(世界遺産保護条約)」が採択されました。
世界遺産を損傷や破壊から保護・保存するための国際的な協力体制を構築することを目的としており、2020年1月時点で締約国は193カ国を数えます。
世界遺産条約に基づいて設立された世界遺産委員会は、毎年会合を開催し、世界遺産の選定審査、世界遺産基金の運用、広報活動などを行っています。
世界遺産の種類
世界遺産は「有形の不動産」を対象とし、文化遺産、自然遺産、複合遺産の3種類に分類され、2019年までで文化遺産は869件、自然遺産は213件、複合遺産は39件登録されています。
・文化遺産 顕著な普遍的価値を有する記念工作物、建造物群、遺跡
例)インドのタージ・マハル、日本の厳島神社 など
・自然遺産 顕著な普遍的価値を有する自然の地域、生態系、絶滅危惧種の生息地など
例)日本の白神山地、ベトナムのハ・ロン湾 など
・複合遺産 文化遺産と自然遺産の両方の特徴をあわせ持つもの
例)ニュージーランドのトンガリロ国立公園 など
3.脅威にさらされる危機遺産の現状
SDGsで文化遺産・自然遺産の保護強化がうたわれていますが、その背景には損傷や破壊の危機に瀕する遺産の存在があります。
それらの遺産が登録されている危機遺産リストと、遺産の脅威となる要因について詳しく見ていきましょう。
危機遺産リストとは
重大な脅威にさらされ、顕著な普遍的価値がおびやかされている世界遺産は、世界遺産委員会により「危機にさらされている世界遺産リスト(危機遺産リスト)」に登録されます。
危機遺産リストに登録された文化遺産・自然遺産はとくに保護・保全の必要性が高いとされ、ワールド・ヘリテジ・ファンド(世界遺産基金)から財政的な支援を受けて調査研究や修復活動を行うことができます。
2019年時点では53件が危機遺産リストに登録されています。ウィーン歴史地区やオカピ野生生物保護区などが該当し、保存状況が改善されると危機遺産リストから削除されますが、長期的に見て危機遺産の数は増加の一途をたどっています。
遺産が危険にさらされる要因
危機遺産となる原因は多岐に渡ります。例えば、文化遺産では地域紛争、観光開発や都市開発による景観の変化が背景にあり、自然遺産では自然災害や地球温暖化などによる環境変化、環境汚染、生態系の減少や外来種の移入などが原因となります。
日本には危機遺産リストに記載された遺産はありませんが、観光客の落書きやごみなどが遺産の価値を損なう要因になるのではと問題視されています。
喫緊の課題である開発途上国の遺産保護
多くの開発途上国は紛争や情勢不安、貧困などにより、遺産を保護する技術・仕組み・資金が十分ではありません。そのため、危機遺産リストに登録されている世界遺産は、とくに途上国に多く存在しています。
世界遺産を守り、後世に残していくことはその国と、その国に住む現役世代の国民の責務です。しかし、近年は世界遺産が観光資源として注目され、大きな経済効果を見込んでいることもあり、観光開発を優先させ、遺産を損傷させる問題が後を絶ちません。
開発途上国にある文化遺産・自然遺産の保護は、とくに喫緊の課題とされています。
4.国際的に進められる遺産の保護活動
さまざまな原因により危機遺産は増え続けていますが、一方で世界遺産を救う保護活動も盛んに行われています。
その一部として、世界遺産基金と、アンコール遺跡群に関する活動を見ていきましょう。
遺産の保護に貢献する世界遺産基金
世界遺産基金とは、世界遺産の保護を目的に設立された信託基金のことです。世界遺産条約締約国の分担金や任意による拠出金、寄付などを財源とし、毎年約400万ドルを集めています。
集められた資金は、世界遺産リストの作成や遺産の修復活動、新規世界遺産登録への推薦支援に利用されています。
危機遺産リストから削除されたアンコール遺跡群
危機遺産を救った世界的な取り組みのひとつに、「カンボジア・アンコール世界遺産活動」があります。
アンコール遺跡群は1992年に世界遺産リストに登録されたものの、長く続いた政治不安により遺跡の損傷が激しく、同時に危機遺産リストに登録。日本を含め、多くの国が協力して修復・保存活動を行ってきました。
遺跡群の文化財が違法売買の対象になるなど、活動は困難を極めましたが、2004年に危機遺産リストから削除されるまでに状況は改善し、現在も修復活動が行われています。
5.まとめ
SDGsが文化遺産、自然遺産の保護・保全強化を訴えている背景には、歴史上貴重な遺産が損壊の危機に瀕していることが考えられます。
価値ある遺産を保護する礎となっている枠組みが世界遺産条約です。2020年1月時点で193カ国が締結し、2019年7月には1121件が世界遺産として登録されています。
しかし、そのうち53件は同時に危機遺産リストにも記載されています。危機遺産とは、紛争や観光開発、自然災害などにより毀損の恐れがある世界遺産のことです。
それらの危機遺産を救う財源となるのが、世界遺産基金です。これをもとに様々な世界遺産の修復活動が行われ、アンコール遺跡群などが危機遺産リストから削除されました。大切な遺産を次世代に残すためには、さらなる保護活動が求められます。