農業の持続性を求めて変わる世界の食料生産システム SDGs~目標2.飢餓をゼロに~
2019年の国連報告によると、世界の8億2,000万人以上が飢餓状態にあり、中程度の食料不安がある人を含めると、その数は20億人にも上ります。
飢餓人口は3年連続で増加を続けていますが、今後の人口増加に伴いより深刻な食料難の時代が訪れると予測されています。
持続可能な世界をめざす国際目標「SDGs」では、目標のひとつに「飢餓をゼロに」を掲げ、世界を食料不安から救うための新たな食料生産システムの構築を目指しています。
今回は、世界の食料問題の解決を目指すSDGs目標と、現在の食料生産システムの問題点や持続可能な農業の形などについて解説します。
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1.SDGs目標2「飢餓をゼロに」とは
「SDGs(持続可能な開発目標)」とは、2015年の国連サミットで採択された、持続可能でよりよい世界をめざすための国際目標です。世界が抱えている様々な問題や、これから起こりうる危機に対し、各国が協力して問題解決に当たることを取り決めたものです。
2030年を期限にした17個の大きな目標があり、それを達成するための169個のターゲット(具体策)で構成されています。
「飢餓をゼロに」としているSDGs 2番目の目標は、正式には「飢餓に終止符を打ち、食料の安定確保と栄養状態の改善を達成するとともに、持続可能な農業を推進する」と記されています。
食料の安全性や栄養失調問題などを扱うターゲットのなかに、持続可能な生産システムの構築に関するものがあります。
2-4:2030年までに、持続可能な食料生産システムを確保し、生産性および生産の向上につながるレジリエント(強靭)な農業を実践することにより、生態系の保全、気候変動や極端な気象現象、干ばつ、洪水その他の災害への適応能力向上、および土地と土壌の質の漸進的改良を促す。
いま農業は、世界の人口増加にともなって生産量の増大を求められていますが、無計画な農地拡大や農作計画の短期化などが、生産性の低下や環境破壊を招き問題となっています。また、世界各地で多発する自然災害も大きな原因となっています。
将来の食料不安を払拭するためには、こういった課題を解決しなくてはならず、SDGsターゲット2-4はその具体策を投げかけているのです。現在の食料生産に見えてきた問題点と持続可能な農業とはどのようなものか、次章から詳しく解説していきます。
2.現在の食料生産システムの問題点
従来の食料生産システムでは持続できないといわれる主な理由は、人口増加と環境問題にあります。まずは、起こっている問題をみていきましょう。
人口増加
2019年の国連報告書によれば、世界人口は現在の78億人から2050年には90億人以上に膨れ上がると予測されており、この人口の食料を供給するためには1.3倍の農産物が必要になります。
しかし、農地に当てられる面積にも資源にも限界があり、すでに様々な問題が発生しています。
慢性的な水不足
人口増加に伴う水不足が世界各地で深刻になる中、農業は地球の淡水資源の70%を使用しています。
世界最大の穀物生産国である中国では、川が産業に独占されているため、農業用水は地下水をくみ上げています。しかし、広大な農地をまかなうための大量なくみ上げによって、地下水位が急激に下がり慢性的な水不足を引き起こし、生産量も減少しています。
中国と並んで3大穀物生産国といわれるインドやアメリカでも、地下水による農業が行われていますが、同じように地下水の枯渇と生産量の低下が報告されています。
自然環境の破壊や汚染
地球に現存する自然の多くは開発途上国にありますが、新たな農地開拓のための森林伐採、焼畑農業の短期化や悪質な農薬・肥料による汚染、それに伴う生態系の破壊など、農業の急拡大によって様々な環境問題が起きています。
森林減少は水不足を招き、土地の劣化や汚染は収穫量を激減させ、農業で生計を立てている途上国の人々はさらに苦しい生活に追いやられます。
気候変動による収穫量の停滞
地球温暖化によって気温や降水パターンが大きく変化し、世界各地の農業に深刻な影響を及ぼしています。
日照時間や気温のわずかな変化であっても農業は大きな影響を受けます。国連気候変動に関する政府間パネルでは、気温が1.8度上昇するとトウモロコシと大豆の収穫量が抑制され、3.2度上昇すると米と小麦の収穫量も停滞するとしており、実際にヨーロッパの小麦生産量の低下が報告されています。
また、干ばつや洪水などの自然災害も多発しており、農作物は甚大な被害を受けています。
このように、現在の農業体制はすでに限界に達しており、高齢化が進む先進国では人材不足も叫ばれています。増え続ける食料需要に応える早急な対策が求められているのです。
3.農業を持続可能にする食料生産システムとは
では、農業を持続可能にする食料生産システムとはどんなものでしょうか。代表的な方法として次のようなものが挙げられます。
・より多くの収穫量・気候変動に強い品種への改良
・栄養価が高く、安全性の高い品種・生産法の開発
・水を節約する技術・品種の開発
・土壌を保全する植物保護製品や農業の普及
・農地拡大を抑えて森林と生物多様性を守る生産効率化技術の普及
例えば、品種改良がされた米は1961年以降2倍以上の収穫量となっており、干ばつ耐性を持ったトウモロコシはアフリカの干ばつ環境下でも20~30%の増収が見込まれています。
また、作物を病気から守る殺菌剤は収量ロスを50%以上も減らし、耕起を減らすことができる除草剤は土壌中の水分を保ち節水に貢献します。
作物の刈り株を畑に残す保全耕起という農法では、昆虫や鳥類などのエサが増え、土壌と自然環境サイクルを保つ効果があります。
このように、生産地の事情や作物の適正に合わせて、様々な取り組みが始まっています。
4.世界各国が実施する新たな農業の形
持続可能な農業への変換は世界中で進められていますが、特に有機農法やロボット、ICT技術を利用したスマート農業への関心が高まっています。
アメリカ
かつては生産効率重視の大規模農業が主流であり、化学肥料や遺伝子組み換え技術の導入などにも積極的だったアメリカですが、現在は世界最大の有機市場をもつオーガニック大国です。
有機農業の普及と認証を行っている国際的NGO「国際有機農業運動連盟(IFOAM)」の加盟組織数も世界4位となっており、多くの生産者や研究者が有機農業に取り組んでいます。
また、ドローンを活用した農地の育成データ管理や農薬散布など行うAgTech(アグテック)など、最新技術を駆使した様々なスマート農業が試みられ、ベンチャー企業なども多数参画しています。
オランダ
オランダは1980年代からスマート農業に注目し、現在は農産物輸出量世界第2位の農業大国となりました。
九州とほぼ同じ大きさのオランダは、農地が非常に狭いうえ、痩せた土地、短い日照時間と、農業には不利な条件がそろっていますが、最新のICT技術によってそれを補っています。
オランダでは8割の農家がスマート農業を取り入れ、肥料や給水を自動制御システムで管理しています。作業と資源の無駄を省き、生産性や品質の向上にもつながっています。
さらに、温度、湿度、二酸化炭素量などをセンサーで徹底管理する大規模なビニールハウス農業も行っており、天候、害虫、病気の心配なく、農薬も使用せずに年間を通して作物を育てられる体制を整えています。
フランス
食の大国と呼ばれるフランスは、アメリカ、ドイツに続く世界3位の有機市場規模を持っています。EUは農業の持続性、生産性、競争力を養う共通農業政策(CAP)を行っていますが、フランスの積極的で実直な取り組みが成果を出し、注目されています。
有機農業への補助金策や環境保護、グローバリゼーションに伴う農家支援などによって、有機農業と環境、農家の資本を保護し、1990年以降減り続けた農業人口と環境を支えています。
また、フランス農務省はオーガニック認定マーク「AB(Agriculture Biologique)」を設定し、最低3年は有機農法を実践している、オーガニック材料を95%以上含む、1年ごとの抜き打ち検査など厳しい基準を設けて、有機農業の農家と消費者を守っています。
インド
インドは2003年にシッキム州全体を有機農業化する取り組みを発表し、13年かけて達成しました。2017年時点の有機農業の生産者数は世界1位、IFOAM加盟組織数も世界2位となっています。
ただ、2018年シッキム州外からの非有機野菜の輸入禁止や市場からの押収・廃棄といった法的措置がとったことにより、州内の品不足や価格高騰を引き起こし、住民を苦しめる結果となりました。
このように世界では農業を持続可能にするために、様々な技術や政策を試しています。さらに、農業による大規模な環境破壊が起きている開発途上国への技術支援なども広がっていますが、地球規模の問題としてみた場合は、まだとても十分とは言えません。
5.まとめ
世界人口は2050年には90億人を超えるといわれ、食料不足が危惧されていますが、現在の食料生産システムはすでに限界に来ています。
特に農業は、農地開拓や耕作サイクルの短期化による環境破壊、気候変動による収穫量の停滞、過度な農業使用による水不足、高齢化による人材不足などに陥っています。
そんな状況を打開するため、SDGsでは持続可能な食料生産システムの開発と普及を呼び掛けています。
環境と共存する品種の研究や有機農法、ICT技術を駆使したスマート農業が世界各国で始められていますが、まだまだ十分とはいえません。
生産者、消費者、研究者、民間企業、政府などが一丸となって、将来の食料問題と環境破壊に立ち向かうことが必要だとSDGsは訴えています。